<第3章>プロジェクトを終えて
帰国後 ささやかな慰労会を開きました。
まずは労をねぎらい乾杯。
和やかに始まった会の中で、様々なエピソードや心情が語られました。(聞き手:千屋)

極限環境での苦闘―乗り越えた先に湧いた使命感
最大の山場はどこだったのか?と社長に問われると、皆考え込みました。
毎日が・・・という思いもあったようです。
皆の沈黙を破り、1回目から参加していたTさんが「やはり、初めてのときですかね。
1回目の時は気候も一番寒い時で本当に辛くて」というと
「休憩室が冷凍庫やった」「まだ屋根が無くて30cmの氷が床に張ってたのを
最初は氷と思ってなかった」と話が咲きました。
この1回目を乗り越えると、「2回目からはもう全然大丈夫だった」と笑うTさん。
最大の山場は、施工の内容ではなくて、職人たちが過酷な環境に少しでも慣れる
その過程にあったのだと気付かされました。
「1回目の途中は日本へ帰りたくなった」という彼らが「腹をくくった」と変化し
「自分たちがやらなければいけないという使命感に燃えていた」となるまでに
乗り越えてきた過酷な状況に思いを巡らせました。
もし、この1回目で、自分たちを奮い立たすことができず心が折れていたら
この挑戦の成功は無かったのかもしれません。
それぞれの役割―ワンチームで挑む
施工管理したOさん、施工を担った職人Rさん、Kさん、Tさん、通訳も務めたDさん。
皆、口を揃えてDさんの通訳のおかげで何とかチリのオペレーターへの指示ができたと
その活躍をねぎらっていました。
特に1回目の時はDさんは参加していなかったことから
RさんとTさんはその有難さが一層強く感じられていたようで
「本当に心強かった」「いるのといないのとは大違い」と感謝を伝えていました。
また、材料についても。
日本からの航空便(約1か月かかり、ℓ=3000以下)か
船便(約3~4か月かかる)での輸送となります。
ですので材料発注は絶対に間違いがあってはならず、Oさんは細心の注意を払いました。
しかし、それは施工している職人たちにも。
「やり直しは許されない」と厳しいプレッシャーを感じていたと言います。
そんな中、「パネル施工はKさんが居れば大丈夫と思っていた」と
皆に頼りにされていたパネル施工ベテランのKさん。
Kさんは今回を振り返りながら、「施工の内容は、日本のものと大きく変わるわけではない。
チリのあの場所で、あの低酸素の環境でやり遂げる。そのことに職人として大きな意味があった」
と言葉をかみしめるように語ってくれました。
様々な場面でお互いを助け合って、ワンチームとしてチリでの施工をやり遂げたメンバー達。
お互いへの感謝は自然と湧いてくるものの様でした。
天空の作業で見つけた喜びー宇宙に一番近い屋根の上
標高5640m、低酸素に加え、雪や強風という過酷な試練を与えたチリの大自然。
しかし、Rさんはこう話しだしました。
「屋根の上は酸素が薄くてしんどいはずのに、板金してる時は笑顔があふれる」
・・・?ハイになってる?と思ってしまったのですが、次の言葉でハッとしました。
「張っては景色を見て、の繰り返しで屋根を張るのは本当に楽しかった。
景色を見るたびに 『すごい所で張ってるんだよな』と思わされていた。」
大好きな板金の仕事を、ここでしているという職人としての純粋な喜びが
Rさんを笑顔にしたのだと理解しました。
世界で1番宇宙に近い建物の、一番高い屋根の上。
頑張る彼らを励まし、力を与えてくれていたのもチリの大自然でした。
今となっては過酷な状況も、笑い話のように語られる一方で
職人としての稔侍が感じられる彼らの話は、心惹きつけられるものでした。
本当に、お疲れさまでした。
社長あいさつー夢を現実に変えた誇りと感謝
まずは、このような歴史的な機会を与えてくださった東京大学の皆様
そして現地の厳しい状況下で私たちの作業を献身的に支えてくださった
すべての関係者の皆様に心より深く感謝申し上げます。
堺の小さな会社が世界一高い屋根を、とりわけ厳しい環境下で行えるのか
実際に現地に行き自分自身で確かめるまでは、私の中でも葛藤がありました。
現地で「いける、やれる」と気持ちが奮い立ち、日本へ帰り社員達にも思いを伝えました。
最初の頃は、弊社にとって「夢みたいな話」だったこの挑戦が
日々、確実に現実のものとして形になっていきました。
社員達も段々とそのことを感じ、このプロジェクトの完遂に向けて
全社員が一丸となっていったように思います。
現地に行き、このとてつもなく大きな挑戦を、不屈の精神と確かな技術でやり遂げたメンバー達。
そして、彼らの不在中に国内の多数の現場を守り抜いた社員達。
全社員が一丸となって支えあった経験は、当社の「結束力」を唯一無二の資産に変え
全社員が共有する「一生の誇り」となりました。
この貴重な経験とそこから得たものを大きな糧といたしまして
私たちはこれからも誠実に仕事に邁進してまいりたいと思います。


二人の息子たち ―私の想いも屋根に―